東京高等裁判所 平成5年(行ケ)93号 判決 1993年12月24日
三重県四日市市西末広町1番14号
原告
住友電装 株式会社
代表者代表取締役
村田茂
訴訟代理人弁理士
岡賢美
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 麻生渡
指定代理人
関口博
同
奥村寿一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者が求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成3年審判第9070号事件について平成5年5月7日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は、昭和61年9月30日、トヨタ自動車株式会社(以下「トヨタ自動車」という。)と共同で、名称を「コネクタハウジング」とする考案について実用新案登録出願(実用新案登録願昭和61年第151256号)(以下「本件出願」という。)をした。
(2) 原告は、平成3年3月25日、トヨタ自動車から、本件出願に係る実用新案登録を受ける権利(以下「本件権利」という。)の持分の譲渡を受け、単独権利者となったので、平成3年4月3日付けで、被告に対し、実用新案登録出願人名義変更届を提出した。
(3) 特許庁審査官は、平成3年3月6日、本件出願について、拒絶をすべき旨の査定をなし、その謄本は、平成3年4月9日、原告に送達された。
(4) 原告は、平成3年5月8日、前記拒絶査定について、審判を請求した(以下「本件審判請求」という。)。
(5) 被告は、平成3年6月20日、貼用印紙額不足を理由として、前記(2)の平成3年4月3日付けの実用新案登録出願人名義変更届を受理しない旨の処分をなした(同処分の通知は同年7月2日発送された。)。
(6) 原告は、平成3年7月5日付けで、被告に対し、実用新案登録出願人名義変更届を再提出した。
(7) 被告は、平成3年8月16日、代理人の押印の欠如を理由として、前記(6)の平成3年7月5日付けの名義変更届を受理しない旨の処分をなした(同処分の通知は同年8月27日発送された。)。
(8) 原告は、平成3年8月30日付けで、被告に対し、実用新案登録出願人名義変更届を再再提出した。
(9) 特許庁審判官は、本件審判請求を平成3年審判第9070号として審理した結果、平成5年5月7日、「本件審判の請求を却下する」旨の審決をなした。
2 審決の理由の要旨
審決の理由の要旨は、実用新案法41条の規定で準用する特許法132条3項の規定により、トヨタ自動車と原告とが共同して審判を請求すべきところ、原告は単独で、本件審判の請求をなしたものであるから、不適法な請求であって、その補正をすることができないものであり、同請求は、実用新案法41条の規定で準用する特許法135条の規定により不適法として却下するというものである。
3 審決を取り消すべき事由
原告は、被告に対し、平成3年4月3日付けで、実用新案登録出願人名義変更届を提出したが、被告は、平成3年6月20日、貼用印紙額不足という軽微な不備を理由として、同届を不受理とする処分をなしたものである。このように、同処分がなされ、原告が同処分の通知を受けたのは、平成3年5月8日になされた本件審判請求の後であるから、同請求時において、原告は、前記名義変更届について不受理処分となったことを知ることができない状態にあったので、同請求は適法である。
上記不受理処分の記録から、本件出願の出願人の名義変更が存在した事実が把握し得る状態にあり、かつ、その不受理処分に伴ってトヨタ自動車を請求人に加えるのは、審判請求書の方式上の事項に属し、かかる補正は、上記手続経緯から、請求書の要旨を変更するものではないので、実用新案法41条の規定で準用する特許法133条の規定に基づいて、審判長は、原告単独名義による審判請求書が規定に違反したものとして、原告に対し、請求書について、トヨタ自動車を共同出願人として請求人に加えるべく、補正することを命じなければならないのにもかかわらず、原告に意見を述べる機会を与えず、かつ、前記名義変更届の手続経緯の調査把握を怠ったため、本件出願の出願人の名義変更の事実及び前記名義変更届の不受理処分を把握できなかった結果、かかる補正を命じなかった。
したがって、本件審判請求は不適法であって、その補正をすることができないものとして、却下した審決は、違法であるから、取り消されるべきである。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1及び2は認める。但し、原告が再再提出した実用新案登録出願人名義変更届は、平成3年9月2日、特許庁に到達した(乙第1号証)。同3は争う。
2 原告の、平成3年3月25日にトヨタ自動車から本件権利の持分の譲渡を受けたことを原因とする、実用新案登録出願人名義変更届は、平成3年9月2日、特許庁に到達した後受理され、その名義変更の効力が生じたものであるから(実用新案法9条2項で準用する特許法34条4項。なお、実用新案登録出願人名義変更届については、実用新案法55条2項で準用される特許法19条の適用はない。)、かかる効力が生じるまでは、本件権利は、トヨタ自動車と原告の共有であった。
そうすると、本件審判請求は、実用新案法41条の規定で準用する特許法132条3項の規定により、共有者全員でなされなければならないから、原告は、トヨタ自動車と共同で、本件審判請求をなすべきであった。しかるに、原告は、単独で本件審判請求をなしたものであるから、同請求は違法なものである。実用新案登録出願人名義変更届が同請求前に提出され、その不受理処分が同請求後になされても、かかる不受理処分は確定しているのであるから、原告が、同請求時に、単独で本件審判請求をなし得ないことを知り得ない状態であったとしても、遅くとも審判請求をなし得る期間内に本件権利の持分を承継した旨の適法な届出がない以上、本件審判請求が適法であったとはいえない
さらに、共有者の一部の者がなした審判請求を、共有者全員による審判請求に変更することは請求書の要旨を変更するものであって、補正することはできないから、実用新案法41条で準用する特許法133条に基づいて、補正を命じることはできないと解すべきである。
したがって、共有者の一部の者がなした審判請求は、不適法であって、その補正をすることはできないものであるから、実用新案法41条で準用する特許法135条の規定に従って、補正することを命ずることなく、直ちに却下した審決は正当であって、原告主張の違法はない。
第4 証拠関係
証拠関係は本件記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由の要旨)は当事者間に争いがない。
2 当事者間に争いのない特許庁における手続の経緯及び成立に争いのない甲第6、第8号証及び乙第1号証によれば、原告とトヨタ自動車とは、本件権利の共有者であったところ、原告は、平成3年3月25日にトヨタ自動車から同権利の持分の譲渡を受け単独権利者となったとして、平成3年4月3日付けで、被告に対し、実用新案登録出願人名義変更届を提出し、同届は同月5日に特許庁に到達したが、同届には、実用新案法54条1項1号及び特許法等関係手数料令第2条1項1号(平成3年政令49号の改正によるもの。平成3年4月1日から施行。)に定められた手数料として4300円分の印紙を貼付すべきであるにもかかわらず、3200円分の印紙しか貼付しなかったこと、このため、同届は、本件出願についての拒絶査定に対する平成3年5月8日になされた原告単独による本件審判請求の後である平成3年6月20日、貼用印紙額不足を理由として、不受理処分となったこと(不受理処分の通知は同年7月2日発送され、その頃原告に送達された。)、原告は、同処分について、何らの不服申立をなすことなく、平成3年7月5日付けで、被告に対し、実用新案登録出願人名義変更届を再度提出したが、同届もまた、代理人の押印の欠如を理由として、再度不受理処分となったこと、原告は、同処分についても、何らの不服申立をなすことなく、被告に対し、平成3年8月30日付けの実用新案登録出願人名義変更届を再々度提出し、結局、同届が、被告によって受理されたのは、平成3年9月2日、特許庁に到達した後であることが認められる。実用新案法9条2項で準用する特許法34条4項によれば、トヨタ自動車の本件権利の持分の原告に対する承継の効力が生じ原告が単独権利者となるのは、被告にかかる承継についての適式な届出がされたときであると解すべきところ、原告から提出された最初の2回の実用新案登録出願人名義変更届が不適式なものとして不受理処分とされ、同処分について原告から不服の申立がなく、同処分はいずれも確定したため、平成3年9月2日に再々度提出された前記実用新案登録出願人名義変更届が、被告によって適式なものとして受理されたときに初めて本件権利のトヨタ自動車の持分につき原告への移転の効力が生じたものというべきである。そうすると、その審判請求時(そして、仮に、審判請求をなし得る期間内において、本件権利が全部原告に帰属した場合には、原告が単独で本件審判請求をなした違法性が治癒されると解しても、かかる期間内において)、原告とトヨタ自動車とは、本件権利の共有者であったものであり原告の本件審判請求は、実用新案法41条の規定で準用する特許法132条3項の規定に違反する不適法なものであったことが認められる。
原告は、その審判請求時において、実用新案登録出願人名義変更届についての不受理処分を知ることができない状態であったから審判請求手続は適法であると主張するが、前記のとおり、本件審判請求時において、原告は、未だ単独の権利者でなかったものであるから、原告が、トヨタ自動車と同権利について共有関係にあることを知らなかったとしても、原告の単独の請求が適法なものとなるものではない。
原告は、実用新案法41条の規定で準用する特許法133条の規定に基づいて、審判長は、原告単独名義による審判請求書が方式に違反したものとして、原告に対し、請求書について、トヨタ自動車を共同出願人として請求人に加えるべく補正することを命じなければならない旨主張する。しかし、共有に係る権利について共有者の一人が単独で提出した審判請求書そのものは同法132条3項の定める必要的共同審判の要件を満たしていないから、当該審判請求を適法のものとするためには、残りの共有者が審判の請求をすることが必要であり、もとより、それは現に審判請求をしている共有者によって、実用新案法41条で準用する特許法131条1項1号の当事者の表示の補正としてなし得るものではなく、また本件においては共有者であるトヨタ自動車が共同して審判を請求する意思を有するものでないことも明らかであるから、原告請求に係る本件審判請求書の請求人の記載にトヨタ自動車を加えることは、審判請求書の要旨を変更する補正として許されない。原告は、特許庁が不受理処分の事実を把握できるにもかかわらず、原告に補正を命じなかったことは違法であると主張するが、かかる補正が要旨変更となり許されないものである以上、この主張が理由がないことは明らかである。
なお、原告は、被告が貼用印紙額不足という軽微な不備を理由として原告提出の名義変更届について不受理処分としたことを非難するので、この点に関し若干付言するに、前記のとおり名義変更届提出にあたって所定の手数料を納付することは、実用新案法54条1項1号に定められた届出人の義務であるから、貼用印紙額不足(前記のとおり、本件では所定額4300円に対し1100円の不足)を軽微な義務違反とするのは相当ではなく、届出人である原告が自らこの義務を履行することなくいたずらに不受理処分をした被告を責めることは甚だ当を得ないものといわざるを得ないのであり、そもそも、原告において名義変更届提出にあたり納付すべき所定の手数料を誤らなければ、本件のような事態を防止し得たことは明らかなところである。
もっとも、原告が名義変更届を提出したのは、手数料を定めた特許法等関係手数料令が平成3年政令49号により改正され同年4月1日から施行された直後である同月3日であったから、特許庁担当者が単に名義変更届を形式的に受け付けるだけでなく、貼用印紙額を点検していれば当然その不足に気付くはずであるから、その追加貼用を促すか、あるいは、本件のように名義変更届の適否が審判請求の適否に直結するケースにあっては、被告が自ら裁量権を行使し、実用新案法55条2項が準用する特許法17条2項3号に基づき相当の期間を定めて不足する手数料の納付につき補正を命じるか、あるいは、補正を命じなくても原告の前記平成3年4月3日付け名義変更届に対し速やかに貼用印紙額不足を理由として不受理処分をしていれば(前記のとおり不受理処分が原告に発送されたのは同年7月2日である。)、原告も同年4月9日に送達された拒絶査定に対する不服申立期間内に不足額に相当する印紙を貼付したものと予想され、これにより、前記名義変更届は適式のものとして被告に受理されて権利移転の効力が生じ、原告の単独による本件審判請求も適式のものとして扱われたものと推察されるところである。しかして、現実には特許庁側においてはかかる対応をしていないのであるが、かかる特許庁側の対応の欠如が本件不受理処分を当然無効ならしめる理由とは解し難く、また、同処分を取り消すべき瑕疵となるか否かに疑問があるとしても、とにかく、不受理処分を受けた原告としては、上記のような本件における特殊事情を主張して、それが容れられるか否かは別として、法定の手続により同処分を争う途が残されていたのに、その途を選ぶことなく同処分を確定させてしまったものである以上自らの違反を軽微であるとして、特許庁を責めても詮のないことであって、その不利益は自らが負うほかないものというべきである。
したがって、本件審判請求は不適法であり、その補正をすることができないものとして、実用新案法41条の規定で準用する特許法135条により本件審判請求を却下すべきものとした審決は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
3 よって、本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濱崎浩一 裁判官 押切瞳)